こんにちは!Rehavelの南です。
私たちRehavelは心身のサポートを必要とされるお客さまが、自分らしい旅を自由に選んで組み立てることができる、バリアフリー&オーダーメードの旅行会社です。
そのため、自然と「障害」という言葉に向き合う機会が多くなります。
では、そもそも「障害」とはいったい何を指すのでしょうか?
障害の定義
いろんな考え方や分け方があると思いますが、日本の障害者について定めている法律である「障害者基本法」をもとに確認してみましょう。
障害者とは
身体障害、知的障害、精神障害により日常生活又は社会生活に継続的に相当な制限を受ける状態にあるもの。
ここで、ポイントが2点あります。
①『継続的に』という時間に関する点
例えば、「骨折をして松葉杖になった」…これもかなり生活に制限を受けるとは思います。しかし、長い人生から見ると数週間〜数ヶ月という一部の期間であり、断続的なもののため、障害者には当たらないということになります。
②『相当な』という程度に関する点
例えば、視力が著しく悪い、いわゆる「目が悪い人」。あなたの周りにも少なからずいるかと思います。その方々は眼鏡やコンタクトレンズを着用することで、不便のない生活を送っていて、障害者とはいいませんよね。一方で、眼鏡やコンタクトレンズをいくら使用しても、どうしても目が見えにくく生活に制限を受ける方もいます。したがって、それにあたる方々を視覚障害者(身体障害のひとつ)といいます。
では、もし眼鏡やコンタクトレンズのない社会だったらどうなるのでしょうか??
翻って、車椅子のようなものが発達して「パーソナルモビリティ」というものに進化すると、脚がまったく動かなくとも不便がない時代が来るかもしれません。
そうなると、もしかしたら車椅子の人を「身体障害者」と呼ばないような時代がやってくるのかもしれません。
私たちは「障害」をどう受け止めたらいいのか
障害に対する考え方には、大きく2つのモデルがあります。
個人モデル(医療モデル)
障害者が困難に直面するのは、個人の心身機能が原因であるという考え方です。
これは障害の原因は「あなた」にあるので、自分で努力や工夫をして障害を克服してくださいという考え方です。具体的には、街中に数多くある段差や階段などは、自分の力でなんとか乗り越えられるようにしてくださいということになります。
社会モデル
障害者が困難に直面するのは、社会の作りや仕組みに原因があるという考え方です。
こちらは障害の原因は「社会」にあるという考え方です。世の中にはいろんな人がいて、車椅子の人だってたくさんいます。だから、スロープやエレベータをつけてみんなが困らない社会にしていこうということです。
あなたは個人モデルと社会モデル、どちらが望ましいと思いますか?
マイノリティ(少数派)も含めていろんな人がいるのが社会です。
たしかに、マジョリティ(多数派)に絞って社会を作った方が効率的ではあると思います。けれども、程度の問題はありますが、効率のためにマイノリティを切り捨てて良いとは言えないのではないでしょうか。
障害者は本人の責任や意思で障害を負ったのでしょうか?
自ら望んでそうした障害を負ったという方はほとんどいないと思います。
そうであれば、なぜ本人の責任で本人の努力でそれを克服しなければならないのか。
世の中にはいろんなニーズや特性を持った人がいます。
『社会モデル』という考え方が多くの方に浸透して、それぞれのニーズを満たす社会にしていこうとする人がひとりでも増えるといいなと思う今日この頃です。
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