佐々木淳先生│研修会ダイジェスト「その人のLIFE(いのち・生活・人生)を考える医療・ケアとは」

佐々木淳さんの写真 佐々木淳さんの研修会 アドバンスケアプランニング 人生会議 在宅医療に繋げる 医療モデルと生活モデル メディケアリハビリ研修会

7月11日に佐々木 淳先生(医師・医療法人社団 悠翔会)より、「その人の『LIFE(いのち・生活・人生)』を考える医療・ケア」について講義していただきました。
病気や障害を治すことだけが医療・ケアではなく、本人の「人生」を考える必要があるということをしっかりと学びました。
今回は、この研修会内容をダイジェストでお送りします。
もっと多くのことをお伝えしたいのですが、それはまた佐々木先生の研修会で聞いていただくのが一番だと思います。


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人間は誰もが年を取り、年を取れば誰でも認知症になる

身体機能と社会的機能と精神的機能の関係

・身体機能

人は30歳頃をピークに身体機能が低下していきます。

・社会的機能

身体機能とは逆に、人生の充実度や生活力は年を取るにつれて高くなっていきます。
人生における充実度や生活力の源は人と人の繋がり、つまり社会参加=社会的機能の積み重ねによるものだからです。
現代社会における社会参加は、仕事が中心になります。
したがって、社会的機能は仕事を辞めた年齢あたりから下降しはじめます。

・精神的機能

精神的機能とは心の成長のことです。
人の心は生まれてから死ぬまでずっと成長し続けます。

 

年を取れば誰でも要介護になり、認知症になる

年を取れば、誰でも要介護になります。
身体を鍛えれば、要介護になることを先送りすることはできるかもしれませんが、しかし最終的にはやはり要介護になります。
これは、どれだけすごいアスリートであっても同じです。
そして、年をとればいずれ人は認知症になります。
厚生労働省の検査結果によれば、90歳以上の約80%が認知症、残りの約20%はMCI(軽度認知障害)となっています。
この結果を見ると「認知症が昔より増えているんじゃ?」と感じるかもしれません。
しかし、実はそうではありません。
認知症の人が増えているのではなく、認知症になるくらい人々が長生きをしているということなのです。

たとえば、平均寿命が60歳のミャンマーでは認知症の問題はありません。
これは認知症という病気にかかる人が少ないのではなく、認知症になる前に亡くなる人が多いということなのです。

 

高齢者は「予防」だけでなく、病気や障害に「備える」必要がある

前述した通り、長く生きれば誰でも要介護になり、認知症になります。
これまでのように「予防」することで先送りにできる可能性はありますが、年齢を重ねるにつれ「予防」だけではなく、病気や障害に「備える」必要が出てきます。

 

病気や障害に「備える」とは

これまで私たち支援者は医学モデルを基に個人因子(体質・病気・障害)を診ることで「健康」であるか、そうでないかを診断してきました。
しかし、医療モデルだけでは診断できないことがあることが分かってきました。
例えば、「引きこもり」の人です。
病気や障害は持っていないけれど、社会参加ができていない人は果たして「健康」と言えるのでしょうか?
また、スティーヴン・ホーキング博士のようにALSを患いながらも理論物理学の第一線で活躍し続けた人は「健康でない」のでしょうか?

私たちは決して「健康であるため」に生きているのではありません。
生活や社会参加のために「健康な方が良い」から健康に気を使っているのです。
つまり、「医療モデル」だけではなく、その人が「生きること(生活機能水準)」全体を診ることで判断する「生活モデル」も必要になってくるのです。

 

病気や障害があっても、強みを生かして健康な人生を送る

ホーキング博士の場合、
  • 人工呼吸器や経管栄養を行う「医療」
  • コミュニケーションを取るための合成言語などの「テクノロジー」
  • 24時間座っていても疲れない車いすなどの「技術」
が「生活」を維持し「楽しむ」ための環境が必要不可欠でした。
しかし、これらによって、ホーキング博士は人生を楽しむことができました。
自分の人生や生活・本人の意思を自由に選択することこそ「尊厳」だと佐々木先生は言います。
その人の「強み」を活かせる最適な環境を整えられるのが「支援者」である私たちです。

 

どこからが「病気」で、どこからが「老化」?

若年者の場合、
  • 原因:外因性
  • 病気:単発
  • 発症パターン:急性
発症すれば病院に行き、施設完結型医療で治療し、在宅へと戻っていきます。

では、高齢者の場合はどうでしょうか?
  • 原因:内因性(菱化)
  • 病気:多発性・複雑
  • 発症パターン:慢性・再発性
例えば、デイサービスで転倒し、大腿骨を骨折して病院へ行ったとします。
骨折の治療を行い、若年者と同じように在宅へ戻ろうと考えます。
しかし、高齢者の中には入院中に認知症を発症したり、ご飯がうまく食べられなくなったりする人もいます。

・なぜ高齢者は若年者と同じように治療できないのか

一見、転倒による骨折だけが問題のように見えますが、そもそもなぜ転倒したのでしょうか?
  • 老化により、足腰の筋力が弱っていたのかもしれません。
  • 白内障によって段差が見えなかった可能性もあります。
  • 骨粗しょう症が原因で骨折したのかもしれません。
このように、高齢者は何らかの病気や問題を抱えていたものが表出し、骨折に繋がったり認知症が進行したりします。
したがって、急性期医療では一概に治療できるとは限りません。

そこで大切なのが、まずは「転倒させない」こと。あるいは転倒し、骨折したとしても、
  • 病院に入院せず、施設や自宅でケアを継続した方が良いかもしれない
  • 入院したとしても、早めに自宅へ帰って在宅医療に繋げた方がいいかもしれない
などの選択も考えることです。

 

人生会議(アドバンスケアプランニング)に「備える」

年齢を重ねていくうちに、
  • 入院することがその人にとっての幸せなのか?
  • 自宅で過ごした方が幸せなのではないか?
を考える時が必ずやってきます。
その時のために、事前に本人を交えて「人生会議(アドバンスケアプランニング)」を行い、「備える」必要があります。

高齢者はなぜ病院で死ぬのか

●死ぬまで治療するから
「1分1秒でも長く生きてほしい」
「治療をやめる決断ができない」
●自宅で介護ができないから
「介護が大変だから自宅は無理」
最近は少しずつ在宅支援も増え、一人暮らしでも在宅療養は可能になってきています。

大事なことは「治療をやめる」決断

治療をやめるということは、人生を諦めているような気がするかもしれません。
しかし、「治らない」という現実を受容することで、人生の優先順位が変わります
「治療」を1番に優先すると医師のいうことを聞くことが重要になります。
「薬はしっかり飲んで」
「これは食べてはいけない」
「お酒は飲んではいけない」
「たばこを吸ってはいけない」
いろいろな制限を守る必要があります。

しかし、「治らない」という現実を受け止めることで
「COPVを付けているけど、たばこが吸いたい」
「肝硬変だけどお酒が大好き。また美味いお酒が飲みたいな」
「心不全で熱いお風呂に入っちゃダメって言われたけれど、温泉に入りたい」
など、人生でやりたいことを優先できるようになります。
特に健康寿命を終えた人は「我慢の人生」ではなく、自由に最期までやりたいことをやる人生でもいいのではないでしょうか?
そしてそのことこそが、「最期まで人生を諦めない」ということになるのではないでしょうか。
ただし、人生を諦めないために苦痛の緩和治療は大切です。それは私たち在宅医療を担うものの大事な役割です。

・どこで「医療」を卒業するのか

たとえば、これまで4度誤嚥性肺炎で入院しているおばあちゃん。
すでに4度も肺炎を起こしているのに、5度目の肺炎は治るのか分かりません。
しかも入院すると点滴ばかりで、今度は胃ろう増設の可能性が高い。でも、おばあちゃんは「胃ろうは嫌」と言っています。
家族としても、入院のたびにせん妄に悩まされているおばあちゃんを見るのがつらい…。
そこで入院以外の対応を考えてみましょう。
  1. 自宅で往診の先生に診てもらう方法もある
  2. 病院で治療することだけが良いことではない
  3. 病院へ行く前に考えておかなければならない

 

・「患者の自己決定」だけが本人の幸せではない可能性

患者が持っている情報が最新のものでない可能性や、治療法を正しく理解できていない可能性があります。
だからこそ、専門職が一緒に考え、選択肢を増やし、本人にとっての最適を考えていく「共同意思決定」が必要です。
しかし、人は病気になると考え方が変わることがあります。
元気なときは「たばこをやめるくらいなら潔く死ぬ」と言っていた人が、いざ病気になったとき、「たばこをやめるから手術してほしい」と意思を覆すこともままあります。
これは人にとって当たり前のことです。
そこで「人生会議(アドバンスケアプランニング)」が大事になってきます。
日ごろからその人と話をして、その人と価値観や人格を共有しておくことで、いざ意思表示ができないような状況になっても「あの人はこういう考えの人だったから、こうした方がいいよね」と代理意思決定ができるようにしておく必要があります。

 

独居=死亡率が高いは間違い

「独居」と聞くと、一人で寂しく暮らし、一人でご飯を食べているイメージがあります。
しかし、独居でも食事を共に摂る友人がいるかもしれません。
近くに友人がいる高齢者は、家族と暮らしつつも一人で食事を摂る高齢者に比べて死亡リスクが16%もマイナスになっています。
つまり、独居だからといって、地域に友人がいるにも関わらず友人のいない施設に入れたり、遠い地域に住む家族の元へ同居させたりすることは死亡率をアップさせることに繋がってしまう可能性があるのです。
「独り暮らしだから…」と安易に決めるのではなく、その人と地域の繋がりまで見ることが大切です。

 

在宅医療から地域ケアへ

病気や障害は必ずしも治らないことがあります。
だからこそ患者さんの気持ちや生活、地域の関係にまで目を向ける必要があります。
私たちはケアを受けるために生きているのではなく、人生を自分らしく生きるためにケアを受けているということを忘れず、生きる目的、生きがいを持てる地域づくりを考えていきましょう。
それこそがきっと、究極の介護予防であり自立支援となります。

 

まとめ

  • 自立支援=筋力強化ではない
  • 独居=孤独ではない
  • 大切なのはつながりと生きがい
  • 生きがいが命とQOLを守る
  • 居場所や役割が自然に発生する地域づくりこそが究極の自立支援

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