近年、在宅で介護する人が増えてきています。
医療や介護が必要な状態になったとしても、できる限り住み慣れた地域で暮らせるよう、高齢化に対応する新たな類型として政府が推進しているとともに、在宅で過ごしたいと希望する方が多くなっていることが理由です。
住み慣れた場所で介護を受けられることは心の安定にもつながります。
しかし、一方でさまざまな事故が発生しているのも事実です。
中でもとりわけ多いのが転倒です。
そこで今回は、転倒を防止するための介護技術「歩行介助」についてお伝えします。
歩行介助の目的は転倒を防ぐこと
歩行介助をする際、まず念頭に置いておくべきことは、いくら体力に自信のある男性の介助者でも「転倒してからでは絶対に支えられない」ということです。
相手がたとえ体重の軽い小柄な方であっても、完全に転倒してしまったら絶対に支えることはできません。
つまり、転倒してからではもう遅いのです。
では、どうやって転倒しそうな方を介助すれば良いのでしょうか?
転倒予防のための歩行介助はタイミングが大切
転倒する直前に身体を支えることが最も重要になります。
つまり、転倒する前に転倒の危険を素早く察知する必要があります。
そのためにまず知っておくべきことは、「人間はどうやって立って歩いているのか」という基礎知識です。
人間の一番重たい部分(重心)は?
人が立っているとき、身体の一番重たい部分は骨盤(正確には第2仙椎)にあります。
一般的にこの位置を”重心”と呼びます。
よく野球のバッティングフォームでも「腰が大切」、「腰を入れてバットを振る」と言われますよね。
これは”重心”のことを指しています。
歩くこととは、言い換えると「重心を前に運ぶ動作」のことです。
人間が立ったり歩いたりする時、骨盤は両足の上に乗って宙に浮いている状態です。
よって、転倒することは「骨盤が地面に落下すること」と定義することもできます。
骨盤を落下させないためには「支持基底面」が重要
人間が立っているとき、両足の裏は地面に接地しています。この接地している周りに「支持基底面」という目には見えない領域が存在しています。
「支持基底面」とは、”重心”、つまり骨盤がある程度ふらついても抑えきれる範囲のことを差します。
この「支持基底面」を超えて”重心”が移動してしまうと、なんらかの素早い反応が必要になります。
たとえば、立っていて急に後ろから押された時、反射的にパッと足が前に出るような反応のことです。
普通はつまずくとこれと同じような現象が出現します。
転倒する状態とは「支持基底面を超えて重心が移動してしまうこと」なのです。
歩行介助で転倒予防するために考慮すべきポイント
歩行介助の際の「ポイント」をまとめました。
1.介助する人の身体状態を把握しておく
まず、介助が必要な人の身体の状態を知っておくことが基本になります。
脳卒中後遺症で片麻痺がある人ならば、麻痺側に転倒する可能性が高いので、介助者は常に麻痺側に立ちます。
大腿骨頸部骨折を過去に受傷している方の場合も同様に患側に立ちます。
麻痺側に壁や障害物があり、そちら側に介助者が立てない場合は後方に付くようにします。
反対側に付くよりも被介助者の挙動や全体像が把握できるため、危険を察知しやすくなります。
転倒と一言で言っても、
- つまずいて前に倒れる
- 滑って後ろに転ぶ
- 急に膝が折れて尻もちを着く
など、さまざまなケースが考えられます。
まずは介助される側の人の身体状態を知り、ある程度転倒リスクを推測しておくことが重要です。
普段から疲れた時に膝が「かくっ」と折れやすくなる傾向がある方(脳卒中片麻痺、脊髄損傷、脊柱管狭窄症など中枢系の既往がある方に比較的多い)は、歩行中に急に尻もちを着く可能性も念頭に入れておかなければなりません。
そもそもそういった方には、そこまで疲労してしまうほど歩行しないことが一番の転倒予防策になります。
一人ひとりに合わせた柔軟な対応が大切です。
2.常に足元(地面との接地面)を見ておく
上述のように、支持基底面は足と地面が接地することで形成されます。よって、うまく地面に足が接地しないときは転倒するリスクが高い時です。
常に足元を見て、歩行中に少しでも不安定な足底の接地になった時はすぐに身体を支えましょう。
3.歩行中の周りの環境も把握しておく
例えば、
絨毯が敷いてあるところを歩行する時は足が引っかかるかもしれません。
屋外で濡れたマンホールの上を歩くと滑って転ぶかもしれません。
介助者は被介助者が歩行しているちょっと前に視線を配り、あらかじめ周りの環境を把握しておくと転倒に備えることができます。
転倒リスクが高い歩行状態の方は、自分の足元ばかり注視する傾向があり、周りの状況に気付かないことも多い傾向にあるので、介助者が周りの状況を知っておくと、より転倒リスクを減らすことができます。
また、周囲の人やモノなど、動く物にも注意が必要です。
突然、ペットが歩行経路に侵入してくる可能性もあります。
屋外であれば、自転車・自動車の動きも考慮して安全に歩行できる経路へ誘導することが必要です。
階段など、転倒リスクの高い場所を仕方なく移動する場合は「転倒する可能性が高い」と心構えをしておきましょう。
介助者は側方(手すり・壁と反対側)に立ち、脇の下(腋窩)に片手を入れておき、体勢を崩した時にすぐに支えられるようにして常に転倒に備えておきましょう。
4.手引き歩行介助について
よく見かける歩行介助方法で、被介助者と手をつないで介助する方法もあります。「手引き介助」と呼ばれます。
介助者の位置が、
- 横(片手)
- 前(両手)
からそれぞれ手を引きます。
前に介助者が立ち、両手を引く場合は、介助者自身の後方が見えないため、そのまま歩行練習をすると障害物や人と衝突する危険があります。
介助者は頻繁に後方を振り返りながら歩行する必要があるため、難易度が高い歩行介助方法になります。
また、手引き歩行では、重心がある骨盤には遠い位置(上肢)で支持・介助するため、いざバランスを崩したときに手を握ったまま横や後ろに倒れたり、尻もちを着いたりすることもあります。
介助者の身体が遠いため、とても助けることはできません。
よって、転倒予防には比較的不向きな歩行介助の方法です。本当に転倒リスクが高い方を介助する場合は、他の方法で介助することをおすすめします。
逆に、手引き歩行介助が適している方は、
- パーキンソン病のバランス障害などで初めの一歩が出ない、もしくは本人も意図せず突進してしまう方(前方両手 手引き介助)※歩行器を使うのも有効です。
- 認知症などにより歩行経路の誘導が言葉では困難な方(前方、横、片手、もしくは両手 手引き介助)
などです。
普段から歩行練習に乗り気でない認知症の方でも、前方からお話をしながら両手をつないで歩行すると、安心して歩いていただける場合があります。
その人の状態に合った歩行介助方法を選択することが非常に重要です。
まとめ
在宅で介護される方や介護職を志す方が増えてきており、今後は歩行を介助する方法についても、世間的に介護知識の普及が大切になってくると考えられます。
ぜひ参考にしてみてください!